花火の発祥(隅田川花火大会のルーツ)
日本の花火の「発祥」には、実はいくつかの段階があります。何を基準にするか(火薬の誕生か、鑑賞用の花火か)で諸説ありますが、歴史をたどると大きく中国と日本国内の2つのルーツに行き着きます。
分かりやすく3つのステップでご紹介しますね。
1. 世界初の発祥は「中国」の爆竹
火薬そのものが発明されたのは、**古代中国(およそ6〜7世紀の唐の時代)**です。
不老不死の薬(仙丹)を作ろうとした錬金術師たちが、偶然にも硝石、硫黄、木炭を混ぜ合わせて火薬を作ってしまったのが始まりと言われています。
- 最初の花火: 竹の筒に火薬を詰めて爆発させ、大きな音を鳴らす**「爆竹」でした。これは綺麗だから見るのではなく、「悪霊や疫病を追い払う(魔除け)」**ためのものでした。
2. 日本へ伝来:きっかけは種子島と家康?
日本に火薬が伝わったのは、1543年の鉄砲伝来(種子島)が有名ですが、現在の「観賞用」としての花火が伝わった時期には諸説あります。
- もっとも古い記録(1589年): 伊達政宗が米沢城で花火を楽しんだという記録が残っています。
- 有名な家康の記録(1613年): イギリスの商人(ジョン・セーリス)が徳川家康に明(中国)の花火を見せたという記録があります。家康はこれを非常に気に入り、これがきっかけで江戸に花火が広まったとされています。
3. 日本独自の「日本の花火」発祥:江戸の隅田川
家康が花火を見て以降、江戸の街では花火が大流行します。しかし、当時は火事が多かったため、幕府は「隅田川の河口以外での花火は禁止」という制限をかけました。
これが、現在も続く**「隅田川花火大会」**のルーツになります。
- 1733年(享保18年): 当時、大飢饉やコレラ(疫病)で多くの人が亡くなりました。時の将軍・徳川吉宗が、亡くなった人の慰霊と疫病退散を祈願して、隅田川で「水神祭」を催し、その際に花火を打ち上げました。
- これが、現代に続く「打ち上げ花火大会」の明確な始まりとされています。
💡 ちょっとした豆知識
江戸時代の花火は、現代のようなカラフルなものではなく、職人が調合した火薬による**「オレンジ色(和火・わび)」**一色でした。今のような赤や緑、青といった鮮やかな花火(洋火)が見られるようになったのは、明治時代以降に海外から新しい化学薬品が輸入されてからのことです。
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